ちょっと思いついちゃったので・・
先人の方がいらしたらすみません!m(_ _)m
これはいわゆる
「青の系譜」
アイマス各チームの二番手、イメージカラーが「青」のキャラたち。
次に
それに対してこちらは
「赤の系譜」
アイマス各チームのセンター、イメージカラーが「赤」系のキャラ。
ここで右端の未来OUT、恵美IN
これは、赤の系譜・・・?
いえ、これは
「アルパカの系譜」
以下、今年のニコ超のアイマスのステージを見て思ったことをつらつらと。
初日はミリオン。
武道館公演を終えてすぐのこの舞台だし、純粋な「ミリオン」としての初めての音楽祭のステージだから、「Thank you!」をやるものとばかり思ってたんです。
「Welcome!!」の披露はだから完全に想定外だったんですが、こないだの台湾公演の〆が海外公演だからこその「The world is all one!!」だったように、「はじめまして」の気持ちだからなのかな、と。
・・・と思ってたら直後に新曲「Brand New Theater!」でド肝を抜かれました!
出演順がトリじゃなかったし、あの大変なWelcome!!をやったのでこれが最後だろうと。完全に虚を衝かれましたね(^^;
翌日『ミリオンライブ シアターデイズ』(ミリシタ)の詳細の発表があったので、それに合せてのことだったのだろうとは後から思いはしましたが。
二日目はSideM。
出演者が当初から「SideM」でなく「THE 虎牙道」と「FLAME」という紹介の仕方だったので、別々に出てくるのかなと思ってました。
と、それはさておき。去年のドラスタ・SEM出演時も思ったんですけど、このステージを見ながら湧き上がる「誇らしさ」は何なんですかね…
MCの中で熊ちゃんこと熊谷健太郎さんが「見た? 虎牙道のダンス。声優なんだぜ」て言ってましたけど。いやいやいや。ぼくにも言わせてほしい。「見た? SideMのパフォーマンス。アイマスなんだぜ」て。
あと、ニコ生をリアルタイムで見てたんですが、コメ上のP活がすごかった。「SideMをよろしくお願いします!」みたいなコメが次々飛びかってて。年初の1stライブのニコ生放映のときもそうでしたね。他チームでは見かけない感じの流れですが、見ててうれしかったです。
来年があるなら、今度は神速一魂とCafe Paradeなんてどうでしょうか…
しかし、熊ちゃんの名MCぶりはすごかった。ラジオのときも卒なく回してた覚えはあるんですが、こんなにうまく回せる人だったのか、と。
だから翻って、ミリオンのMCのぐだぐだっぷりが際立っちゃった感はありますね…
でもこのぐだぐだ、ミリオンのあまりよくないところかもしれませんが、いいところの“裏返し”でもあると思っているので、直せるか、直せばいいかっていうとまた違う気がしなくもありません。
ミリオンって、演者さん同士の間や演者さんとスタッフの間が他チームよりもかなり近い、という印象があり。話を聞くだけでもその仲のよさは伝わってきますし。
それが表向きの“オフィシャル”な場でのトークが、ふつうなら「営業モード」になるところ、プライベート感の強い「友達モード」になりがちな原因になってるんだろうと。
これがよくない出方をすると、たとえば3rdライブ名古屋公演BDのオーディオコメンタリー後半のぐだぐだ加減とか、蒸し返してすみませんがえいちPの失言とかいうかたちで顔を出すこともあるわけで。
他人との距離のとり方が、演者さんもスタッフもヘタなんだな、と思います。
あんまり直せ直せ言って「角を矯めて牛を殺す」結果になるのもどうかと思うので、もう少し歳をとれば落ち着いてくることもあるでしょうし、今後を見守っていきたいな、と。
みんなまだまだ若いし、カンペキじゃない私たち、なので。
この際なので、ミリオン・SideMがらみで前から気になっていることをもう一つ。
アイマス御用達ライターの中里キリさんがアイマスライブのたびに書いているライブレポの「文体」なんですけど、ことミリオン・SideMに関して変わってきてる気がするんです。きちんと分析したわけじゃないんですが。
アイマスのライブがあると、ファミ通やGamerなどいくつかのゲーム・アニメ系ニュースサイトにライブレポの記事が掲載されます。
だいたいは「○○さんが□□を歌いました。△△さんは××を披露しました。楽しかったです」レベルの、あまり読むに値しない(失礼!)記事なので読まないんですが、中里さんの記事はとてもボリューミーで読み応えがあるので、あがればチェック、あがればチェックしていたわけです。
アイマスはそれなりに歴史が長いこともあってか、「経緯を知らないとよくわからない」感動ポイントがライブ中にけっこうありますし、運営側も意図してそれを仕掛けている気がします。
アイマス10周年ライブ@西武ドームの公演で、浅倉杏美さんの歌前にあったセリフ「応援していただけるんですよね?」なんてその最たるものかと。
アイマスを知らない、あるいはファンになったばかりのような人はもちろん知らない話なんですが、中里さんのライブレポはそういった経緯についても紙幅を割いていて、そのような人も感動を共有できるよう配慮のある稀有な記事を書かれる方だと思っています。
それが「なんか変わったな」と思ったのは、ミリオン3rdぐらいからでしょうか。*1 それまで外を向いていた(とぼくが思っていた)ベクトルが内向きに変わった気がしたんですね。
ウチワ向けに書いてる感というか。誇張して言えば、アイマスライブを「私物化」してるような感じというか、「自分の持ち物を愛でてる」感を覚えることもありました。
例をあげてみます。
甘いものを食べたあとにしょっぱいものを食べて、そのあとにとっておきの甘いものを食べさせれば二度の落差で衝撃を最大化できる悪魔的な構成だ。
だが正直、伊藤の「まだまだ元気、残ってますよねー?」の問いかけには、今のサプライズおかわりでちょうど頭の対応MPが0になったよ、と思ったし、阿部の「私たちの嵐に巻きこまれちゃってくださーい!」の言葉に、うん、今絶賛巻きこまれてる、と深く頷くしかないのだった。
「これいる?」
こうしたくだりを読んで最初に出てきたぼくの感想はそういうものでした。
「悪魔的」なんて言い回し、シラフにしてはいくらなんでも筆が走り過ぎているように感じます。
これが個人blogの記事だったら「こんなに熱く語ってる人がいる!」てまったく逆の評価をしたと思うんです。個人の感想なんだから、正にそういうことを書くべきだとも思いますし。
でもこれ、マイナビニュースというれっきとしたパブリックな場の記事なんですよね。
ミリオンの演者さんたちと違い中里さんはいい“大人”だと思っているので、こうしたパブリックなところではもう少し冷静に「営業モード」であってほしい気がしますし、ぼくがいいなと思ってた以前の文体に帰ってきてほしいとも思ってしまいます。
あと、これも分析したわけじゃないただの印象なんですけど、765やシンデレラのときはもうちょっと落ち着いていて、ミリオンやSideMとなるととたんに冷静さを失ってしまうような気もしています。
これも例をあげます。
もちろん、頭のどこかで何らかのサプライズはあるかもと意識していたのだが、「創造は始まりの風を連れて」のオリジナルメンバー集結が頭の片隅にでもあった観客は一人もいなかったのではないだろうか。
注目すべきはここです。ミリオンPに対して「一人もいなかったのではないだろうか。」
それと対称的な、765Pについての記述。
ちなみにアイマス楽曲史の空白にはまっていた「チェリー」が初日に選ばれるのなら(投票したのがそういう想いを持ったプロデューサーたちなら)、2日目の29日公演、第1位として選ばれるもうひとつの楽曲は「団結」であるはずだ。
765についてはプロデューサー(ファン)の想いを信じてるのに、ミリオンはそうではないんでしょうか。
ミリオンのほうで「一人もいないのでは」とありますが、少なくともぼくは例外でしたし、他にもそう思ってた方はそれなりにいたんではないかと思います。
なぜそういうことがあると思っていたかということですが、そのヒントがいくつもあったからです。
- ミリオン4thの公演は3daysだったので、『THE@TER ACTIVITIES』シリーズと同じ数。だからTA曲はやると思ってましたし、年初のミリラジか何かで渡部恵子さんがゲストにきた際「DIAMOND DAYS」の練習をしているとポロッと口を滑らせたので、その時点で確定と思いました。
逆にTA曲をやらなかったら、あの失言がますますクローズアップされてしまっていたはずです。
- 昨年秋のシンデレラの公演から今年初の765の公演まで、なぜか毎回「サプライズゲスト」がありました。だからミリオンでもそういうことをやりそうだな、とは思っていたのです。
サプライズで想定したのが、TA曲のオリメンでの披露、まだやってないゲッサン曲や「ターンオンタイム!」の披露、それと、種田梨沙さんの顔出し、でした。
アイマスライブBDのおすすめ記事を以前2回ほど書いたのですが、そこで外部リンクしているライブレポは中里さんの書いたものがメインでした。
「2016年版」を書いていない理由の一つは、中里さんのライブレポへのリンクをためらったこと。
以前はそうだったというのは自分の勘違いかもしれませんが、“外向き”の中里さんの記事が読みたいなと思っています。
補足(2017/5/6追記)
この話をしておいたほうが上で書いていることがもう少しわかりやすくなるかと思い、補足をば。
「サプライズに驚いた」とか、「『団結』が選ばれることに賭ける」といったことを書かれていますが、これは“ポーズ”ではないかとぼくは思います。
なぜかというと、プレスの方は記事が書きやすいようにあらかじめセトリを知らされていると思うからです。
その証拠に・・・
リスアニ! Vol.23.1 「アイドルマスター」音楽大全 永久保存版IV (M-ON! ANNEX 599号)
- 作者:
- 出版社/メーカー: エムオン・エンタテインメント
- 発売日: 2015/12/24
- メディア: ムック
── 3rdライブでは原さんと「心もよう」を歌うそうですね。
福原 私、この曲がただ好きとか気に入ってるとかのレベルではなく、もっと深い気持ちで大好きなんです。(p.012)
これはアニメ音楽の専門誌『リスアニ!』の別冊として、シンデレラのアニメ放映終了後に刊行されたシンデレラ特集号の、キャストインタビュー内の一節。
答えているのは福原綾香さんですが、この「──」で質問しているインタビュアーは、中里さん。
この質問からはっきりわかるのは、シンデレラ3rdの公演前に、福原・原ペアで「心もよう」を歌うのを知っていた、ということです。その後に流れで「流れ星キセキ」をやることについても、大橋彩香さんに対するインタビューで触れられています。
あらかじめセトリを知っていたとしたら、「『団結』が選ばれることに賭ける」という記述についての印象が変わりますよね。
ぼくは、これはファンに対する/ファンについての“リップサービス”なのだと思います。読んだ人にいい気分になってもらうための“おべっか”であり、要は「営業」なのです。
対して、ミリオンの記事でぼくが例にあげたような箇所には、読んだ人がいい気分になるような配慮は特に見受けられません。むしろ「誰得」と言いたくなりはしないでしょうか。
誰の得にもならない記述は、もちろん「自己満足」のためになされたものなのでしょう。
ベクトルが「内向き」になったとか、「私物化」しているとかいった言い方でぼくが言おうとしたのは、つまりはそういうことです。
個人blogの記事はそもそも「自己満足」のために書かれるものなのでそれで全然かまわないのですが、パブリックなニュースサイトの記事は、どうなんでしょうか…
誤解されると困るので慌てて付け加えますが、ファンにお世辞を言え、と言いたいわけではもちろんなく。
読んで「なるほど・・・」とか「うんうん、そうそう」とか「それを書いてくれてありがとう」と思えるような記事を、期待してるんです。
それこそ、ミリオン3rdライブ仙台公演BDのオーディオコメンタリー後半で近藤唯さんが「そらちゃんありがとう!」て言ったみたいに、ぼくにも言わせてほしい。
*1:前からその傾向はあったかもしれませんが、このあたりから目に(鼻に?)つくようになった気がします。