2006年春、マウスあれこれ(2)

というわけで前回のつづきです。もう一つ採りあげるマウスのニュースはこちら。

マウスといえば、マイクロソフトロジテックロジクール*1が定評のある二大メーカーと言えます。その片方が、左手での使用を前提とする形状のマウスを発売した、というのがこの記事の趣旨です。
この記事を採りあげるぼくの意図が奈辺にあるか。前回は「マウスはクリック音がするもの」という神話の批判でしたが、今回は、「マウスは右手で使うもの」という神話を批判してみたいと思います(^^;
実際、採りあげたこの記事自体が、その神話についての格好の教材になります。この記事の筆者は「とっさに出るのはやはり左なので、基本的には左手カテゴリの人間と言える」と書いていますが、字は右で書いていたりと両利きっぽい方であるようです。そんな人が右手向きのマイクロソフトマウスを「特に疑問を持たずに使っていた」のは、むべなるかな、と。そして、だからこそ、この人はこの製品のレビュアーとしては不適当でした。


ぼくは右利きですが、マウスは左手で使っている人間です。
前回の終わりで、「右手をふだんテンキーの上に置いていたら、マウスポインタの移動はどうするのか」というクイズを提示してみましたが、解答だけみるとコロンブスの卵のようなもので、要は左手でマウスを使っているから右手をキーボードから離す必要がなかったというわけです。


そんなぼくがこの記事を読んでまっ先に違和感を覚えるのは、この記事のタイトルにある「ロジクール左利き専用マウス」というところです。この記者の方には、左手向きに作られたマウスは「左利き専用」なのだ、というアタマがあります。考えてみればヘンな話ですよね、自分は左利きでも右手向き(この記者の言い方を借りれば「右利き専用」)のマイクロソフトマウスを使っていたくせに。しかし、これが「神話」の力なのです。
また、右手向きのマウスを何から何まで反転させたということで、ボタンクリックの効果もデフォルトでは左右逆になっているようですが、この挙動の違いは「これは設定で左右反転させることができる」とはじめのほうで書いているのに、そのボタン設定の使いにくさが記事内容の中心になっているのはいかがなものでしょうか*2。設定で変えることのできない、全体的な形状の、左手での利用しやすさ(あるいは、しにくさ)にこそ焦点を当てるべきだったのではないか、とぼくなどは思ってしまうんですが。
そしてこの記事の終わりのほうにある「Windowsの標準的なショートカットキーは使いにくい」に始まる箇所あたりは、ぼくには重箱の隅をつつくような、ケチつけのためのアラ探しに過ぎないように思われました。
というのも、「CTRL+Cなどを押すために、マウスから手を離さなければならないからだ」などと書いてあるのですが、これは多くの人にとって意味不明なのではないか。いや、Ctrl-Cでコピーというショートカット機能が知られていない、という意味で言ってるんじゃないんですよ。そうではなくて、なぜコピーするのに、マウスから手を離さなければいけないんですか、ということです。右クリックメニューから「コピー」を選んでおしまい、で何がいけないんですか。そんなこと言ったら、ぼくの場合なら「方向キーを押すのにマウスから手を離さなければいけないから、右手マウスはダメだ」なんていうことになっちゃいますよ。おかしな話でしょう?
この記事のおかしなところは、左利きの人が左手向きマウスの“使いにくさ”を一生懸命アラ探ししているように見えることです。“右マウス奴隷根性”とでも言うべきか。なぜこんなことになるのか、それはもちろん、繰り返しになりますが「マウスは右手で使うもの」という神話の作用なのです。


こういうことは、実際に左手でマウスを使っている人の話のほうがずっと参考になります。

「キーボードをいかにストレス無く打ちやすくするか」に主眼を置いた、一種の「キー配列変更」サイトですが、QWERTYのアルファベット配置自体はいじらないというのが珍しいところです。
こちらのサイトに訪れてすぐ目に入るのがキーボードを利用している写真ですが、左手でマウスを使っているのがわかります。この方がどっち利きなのかはわかりせんが、「基本方針」というページに「左手マウス」と題して“余は如何にして左マウス派となりし乎”が述べられています。短いのでほぼ全文引用させていただきます。

標準的なフルキーボードを使う以上、 [Enter], 編集キー*, カーソルキー, テンキーなどはすべて右手側にあり、ホームポジションは左端に寄っている。この状況では マウスを左側に置いたほうがホームポジションから近いし、左手マウスによる選択操作と 右手側の機能キー群との連係プレーで GUI を効率よく扱える。このことに気づいて以来、私はすっかり左手マウス派になってしまった。

これを読んだとき、同じく左マウス派のぼくは、「そのとおり!」とぶんぶんすごい勢いで首を縦にふっていました。
マウスとキーボードのあいだに手の移動が発生することを考えると、その移動距離が短いほうが合理的です。左マウスだとマウスのホームポジションが右手で言えば方向キーぐらいの距離ですから、右マウスに比べてだいぶ近くなります*3。これだけ近いと、マウスから手を離さなければいけなくなるのを苦に感じること自体がほとんどありません。
それに、たしかにWindowsに標準で用意されたキーボードショートカットは、右マウスを考慮してか左寄りに設定されています*4。しかし、それと同じかそれ以上に方向キーやPageUp/Down/Home/Endキーなどを叩くぼくには右手でマウスを使っていたって結局手を離してしまうんです。ブラウザ閲覧の際のスクロールなんか、ページの大スクロールをするのでもない限りは、バーを引っぱったり上下左右を向いた「▲」ボタンまで移動してポチポチつついたりホイールをコロコロ回したりするより、移動キーを押したほうがほとんど手の移動が発生せず、意図した分だけ動いてくれるので断然ラクです*5


ぼくが左マウス派になったのは、もとはPC使用の際にメモをとることが多かったためです。
右利きなのでもちろん右にペンを持つのですが、右手でマウスを使っていると、メモをとるたびに持ちかえなくちゃいけなくなるのが面倒でした。そしてあるとき、その間 遊びっぱなしの左手を“発見”してしまったのです。これは都合がいい、と、右手にペン、左手にマウスを持つようになったのがそもそもの始まりとなりました。
その後、左マウスでもほとんど違和感のないこと、そしてマウス-キーボード間の手の移動のしやすさや右側にある各種キーの押しやすさ等から、そのまま現在に至ります。机が左側の壁にくっついていて左側に空間がとれず、右側に本やら何やらモノを置いていたのも、左マウスを促進させたかもしれません。


しかし、考えてみれば当然の話かもと思ったんですが。というのも、コンピュータゲームをやるほとんどの人は「左手で移動・右手で機能選択」してますよね? それと同じことじゃないかな、なんて……。

*1:ロジクール」は米ロジテック社の日本法人。世界的には「ロジテック」で通っているのですが、それが日本に入ってくる前に日本には「ロジテック」という同名のコンピュータメーカーがすでに存在したため、名前を変えたとのことです。

*2:かくいうぼくも、左マウスとはいえ、単純にマウスを右手から左手に持ちかえただけでボタンの入れ替えはしていないので、効果が反転することの使いにくさはたしかに同感。

*3:テンキーぐらい離れているのじゃないか、とお疑いのあなたに。ぼくを例にとると、左手ホームポジションの端である「A」キーからマウスの置いてある位置まではおよそ10cm。右手ホームポジションの端である「+」キーから10cmというと、ちょうど「↑」キーに当たります。テンキーはそれより右にあり、右マウスはさらに離れています。

*4:(2008-01-12追記)「Ctrl+Insert」でコピー、「Shift+Delete」で切り取り、「Shift+Insert」で貼り付け、と、右手用のショートカットは存在します。だからこの論点も実のところ成り立ちません。

*5:Firefoxには「mozless」なんてものがあって、さらに重宝します。とはいってもブラウザ自体の立ち上がりの鈍さ等々の理由から、以前にも書いたように、ふだんはSleipnirを使っています。